私が大町に移住しようと決めた動機の一つが、「水が美味しい」でした。
単純な理由だけど、本当なんです! だって横浜の水は飲めるけど……なんか違うんです。大町の水のような旨味がなくて、別に消毒臭いという訳ではないけど……ともかく美味しくないんです。
引っ越してきて家庭での料理がちょっと美味しくなりました。自分の腕が上がったと思っていたけど、実はお水が美味しかったんだなぁ。あぁ、勘違い……。
料理一つとっても水が大事で、水の大切さは皆分かってるけど、その水がどうやって提供されているかはあんまり分からない。大町市役所上下水道課の方が「よっしゃ、水源見せてやるせー。長靴持って来いよ!」と新人職員研修に誘って下さったので、現場に行ってきました。
夏の暑い日、水源巡りの旅が始まりました。「旅」というほどか、とお思いでしょうが、そこは広い大町市。なんと水源は8つもあるのです(予備含む、簡易水道を除く)。全部に足を運ぶと日が暮れるので、そのうち水道供給数の95%を占める三大水源を見学しました。まずは黒部ダム入口(県道扇沢大町線)沿いにある上白沢(かみしらさわ)水源から。
そもそも水源とは文字通り「水の源(みなもと)」で、私たちが使う用水の摂取するもとの所。水源は一般的に地下水やダム、河川、湖や沼などです。東京都は多摩川、横浜市は山梨県の道志川からなど、山から離れた都会は河川を使うことが多いです。しかし大町市は川の上流中の上流(って変ですね)に位置しているので、水の生まれてくる場所を水源にしています。つまり湧き出たばかりの水をそのまま利用できるということ。それがどれだけ贅沢なのか、この上白沢水源で知ることになります。
この水源では、湧き水が地面に出た所に直径約5メートルもある大きな管(コルゲートパイプ)を設置し、湧水を集めています。ゴミが入ったり雨水と混ざって汚れたりする前に、綺麗なまま取水するためです。水道施設は通常水質を守るために立入禁止ですが、今回職員研修の同行ということで、その管の上から中を覗かせてもらえました。
重い鉄製の扉を開けると水温10℃前後という水源からの涼しい風がサッと吹いてきます。夏は1時間で600トンもの地下水が湧いているので、洪水のように勢いよく水が流れているのが見えます。20年とも言われる長い時間をかけて山や森を通って来た純粋無垢な水が、ここで地上に誕生するのだと思うと感動的でした。県道のすぐそばの目立たない施設で、地球の息吹を感じることができてしまいました(大げさだけど本当です)。ちなみに上白沢の水を飲んでいるのは、大町地区の本通りから西側の約2600世帯のご家庭です。
続いて爺ガ岳スキー場近くの矢沢水源へ。ここも県道沿いにひっそりとありまして、外からの見学になります。1日で900万リットル(25mプール30杯分)を取水しており、矢沢の水を飲んでいるのは、平地区の南側、大町地区の北側、常盤地区などの約5800世帯の皆さんです。
なぜ、大町の水は美味しいのか。「それは自然が豊かで、緑のダムと自然の水工場があるからだよ」と上下水道課の方が、矢沢水源の施設で教えて下さいました。
雨水が降り注ぐ際に植物が緩衝材となり山崩れを防ぎ、地中にゆっくりと浸み込む。保水力のある大地はフィルターになり濾過される。これが美味しい地下水を作り出す「自然の水工場」なのです。「緑のダム」とはよく言ったもので、人工的に堰き止めなくても大地がちゃんとその役割をしてくれていたのですね。
しかしどんなに水質が良くても、法律で水道水として使うには消毒が必要。25mプールの水(300万リットル)に対してペットボトル1本分(500mリットル)の次亜塩素酸ナトリウム(塩素)が入っています。大町市の水道水は1リットルのうち0.2mgの残留塩素で、これは法律の0.1㎎/L以上(以上です)という基準を満たし、かつ「おいしい水研究会」のおいしい水の基準0.4mg/L以下も満たしています。
驚くことに大町市には「浄水場」がないのです! 全国の8割の自治体が薬品を使って高度な浄水処理技術で水を綺麗にしていることを考えると、これもまた大町市の贅沢すぎるイイトコなのです。
3つ目の水源は最も歴史の長い居谷里水源です。日本の近代水道は明治20年に横浜から始まり、大町では大正13年に居谷里の水を利用するところから始まりました。
大町中心地で急激に人口が増え、汚水も増えていった明治時代。水道事業は衛生面や伝染病の予防のための「水の道」を作るのが目的であり、市民の渇望する事業でした。現在、1日で600万リットル(25mプール20杯分)を取水、居谷里の水を飲んでいるのは、大町地区本通りの東側(主に東山一帯)、社地区などの方たちです。
居谷里水源は、県道長野大町線沿いの森の中にありました。水を湛えた神聖な森で、奥には八坂(弥栄)神社がありました。毎年7月に「大町市水道水源祭」という神事が行われています。立ち入り禁止区域もありますが、周辺は森林浴にぴったりの場所。とても気持ちの良いところで、こういうのをパワースポットというのかなぁと思いました。
最後に三日町配水池に立ち寄りました。配水池は一日に使う水の半分の量を溜めておく大事な施設です。三日町配水池は市内で一番大きな配水池で、200万リットル(25mプール6杯分)溜められるそうです。
居谷里の水を溜めるために作られた大正時代の建築物は、レトロでアート作品のようでした。そういえば配水塔(貯水槽)って文化財になることもありますよね。
こんもりとした小さな丘になっているのは、巨大な配水池が埋められているから。普段通り過ぎるだけで気にしていなかった場所に、水量を計測する監視装置(流量計室)や塩素の量を調節する機械があるとは思っていませんでした。
今回、水について調べていたら、様々な問題があることを知りました。水はタダだと思ってきた私たちの意識は変わらざるを得ないのでしょう。(興味のある方は水源問題、バーチャルウォーター、水メジャーなどのキーワードで検索してみて下さい)
身近すぎて、ありがたみが分かりにくい飲み水。その「通り道」を知り、美味しい水を味わい、美味しさの理由を学びました。職員研修の難しいところは省いてしまいましたが(苦笑)、これだけは覚えています。市内の水道管を延長すると約350kmにも及ぶそうです! これらを管理する関係者の皆さんに、感謝の気持ちを忘れずにいたいものです。
水はこれからも大事に使います!上下水道課の皆さんありがとうございました!
<お世話になった取材先>
大町市上下水道課
<参考にした本>
「大町市上下水道事業六十五年誌」ほか