大町発の働く家庭犬・モンキードッグ


野生動物との距離の近さにビックリ

無視できない信濃大町の鳥獣被害

交通安全を祈るサル(イメージ)
交通安全を祈るサル(イメージ)

横浜から引っ越して、大町で働いて9カ月が経ちました。大町に住んでみて驚いたことの一つに“野生動物との距離がとても近いこと”があります。

市内の山間部を車で走っているとたまにタヌキ、キツネ、シカ、サルに遭遇します。そんな時は驚いて今でも止まって観察してしまいます。

 

畑で芋を掘っていたら小さな野ネズミが掌にちょこんといて可愛かったし、野生のキジを初めて見たし、私はまだ目撃していないけれど、カモシカもクマもいるというし。都心にいる動物といえば、大量のカラスか迷惑なムクドリか、地下鉄のレールを走る大きなドブネズミか……。それを考えればここは種類豊富で観察しがいのある(?)野生動物の宝庫です!

 

しかし豊かな自然が人間の営みにとって全て良いこととは限りません。そう、農作物を荒らす動物もいるからです。聞いて驚くのがその被害額。農林水産省によると野生鳥獣による農作物被害額は、全国で約200億円(平成27年度)! どんだけ食べるんだ! 野生動物たちよ!! 農作物の取材をしていると

「動物が畑を荒らすので、もう本当にやだくなる(嫌になる)!」と愚痴をよく聞きます。

 

市内のあちこちに設置されている電気柵と看板
市内のあちこちに設置されている電気柵と看板

もちろん手をこまねいている訳ではなく、防除ネット、電気柵の設置、ロケット花火、爆竹、猟友会による捕獲、ジビエとして利用するなど、有害鳥獣対策を官民揃って行っています。

 

厄介なサルに対しては大町市ではテレメトリー(サルに付けられた発信機による遠隔測定法)を利用した追い払い活動も行っています。

そしてもう一つ、画期的な対策があるのです! それは、

ここ信濃大町発祥の「モンキードッグ」です!!

信濃大町から全国に広がった  

猿追い犬・モンキードッグって??

市内図書館に寄付されたのでぜひ!!あんずゆき著「モンキードッグの挑戦」
市内図書館に寄付されたのでぜひ!!あんずゆき著「モンキードッグの挑戦」

現代社会が抱える問題の一つ、鳥獣被害。昭和50年代から山間地の過疎化が進み、ここ何十年かで里山に動物たちが頻繁に下りて来るようになりました。なかでも甚大な被害をもたらすサルは、現在確認されているだけで、市内に約750匹もいます。山の麓に住む大町市民は農作物を荒らされ、ほとほと困っていました。

 

そんな折、市役所の農林水産課職員が「サルを追いかける犬がいる」という話を聞き、それをヒントに立ち上げたのがモンキードッグの始まりです(当時の苦労話は下記参考書「モンキードッグの挑戦」をぜひお読みください)

平成17(2005)年度に3頭から導入し、現在、大町市に28頭、全国には29県に広がり約370頭が活躍しています(2012年調べ、下記参考書籍より)。

 

 今年で11年目になるモンキードッグ事業。 大町市農林水産課では、安曇野ドッグスクール、モンキードッグの飼い主の皆さん「大町市モンキードッグ育成サポートクラブ」を結成しています。サポートクラブでは、訓練レベルの維持・向上や、飼い主同士の情報交換などを目的として活動しています。

 

「犬猿の仲」を利用した画期的な方法

家庭のペットが我が家と地域の畑を守る!

サルを見つけると一目散に走る柴犬・マロ
サルを見つけると一目散に走る柴犬・マロ

さて、モンキードッグとはどんな犬なのでしょうか。

大きな特徴が3つあります。

 

1、人や他の犬、動物に危害を加えない

2、サルを見たら追い払う

3、追い払ったら戻ってくる

  (人の命令に必ず従う)

 

まず1つ目ですが、サルが出没すると追い払うためにモンキードッグのリード(引き綱)を放します。放し飼い状態になるのでペットの猫や人間など、サル以外は追い払わないことを徹底的に教え込むそうです。運用当初は、犬を放すことに理解が得られないこともあったそうですが、平成19年には法律の明文化も後押しとなり、今はモンキードッグへの苦情はほぼなくなったそうです。

 

モンキードッグ現地導入後のサルの行動域の変化の様子(信州大学泉山茂之教授、大町市農林水産課提供)
モンキードッグ現地導入後のサルの行動域の変化の様子(信州大学泉山茂之教授、大町市農林水産課提供)

2つ目は、犬によってはサルに無関心な性格の犬もいます。その犬に「サルは追い払うもの」というのをサルの顔、フン、匂いなどを覚えさせて訓練します。

 

3つ目、サルを追い払った後、犬が気まぐれでそのままどこかに行ってしまっては困ります。飼い主の呼びかけや犬笛で、ちゃんと戻ってくるように躾(しつけ)をします。

 

この3つのポイントを始め、モンキードッグとして活躍するための訓練をして晴れて「モンキードッグ」になります。気になる効果ですが、配置された地区では出没するサルが激減したとか!  

取り組みは市内外から評価され、平成22年(2010)には、農林水産省から鳥獣被害対策優良活動で表彰されました。私は最近引っ越してきた新参者ではありますが、大町市民として誇らしく思ってしまいます! 

 

そんなスーパードッグ達が合同訓練で、一堂に会すと聞きました。もともと犬好きな私はワクワクしつつ、当日同行させてもらうことにしました。

 

導入の成果は訓練の賜物(たまもの)

合同訓練で犬の躾と家族の話

一列に座らせ、他の犬が近くを通っても落ち着きを保たせる訓練
一列に座らせ、他の犬が近くを通っても落ち着きを保たせる訓練

12月のある日、大町市役所の駐車場にて安曇野ドッグスクール、磯本隆裕代表による合同訓練が行われました。会場には「大町市モンキードッグ育成サポートクラブ」の関係者とモンキードッグが勢ぞろいしています。

 

まずは参加した15頭で、調和を保てるようにします。これは「犬には言うことをきっちりと聞かせ、人間がリーダーであることを再確認させる」ことと「犬同士は仲良く、サルだけを追いかけるように」するための再訓練だそうです。

 

飼い主の「マテ!スワレ!フセ!」のような掛け声と共に止まったり座ったり、歩いたり走ったりします。最初はソワソワ落ち着きのなかった犬も、それぞれの性格を把握している磯本さんの指導で、徐々に興奮せずに集団行動できるようになっていきます。

 

「犬の躾ももちろん大事だけれど、飼い主の対応の仕方はもっと大事。良いモンキードッグにするのも、飼い主次第という訳ですね」と磯本さん。おっと、これは耳が痛い。ペットだからといって甘やかせてばかりではいけない、これは普通の家庭犬でも同じことかもしれません。

 

騒ぎ逃げ惑うサルを追う勇敢な姿に

畏怖すら感じた冬の寒い午後

この看板を見かけたらサルや犬が近くにいるかもしれません
この看板を見かけたらサルや犬が近くにいるかもしれません

その後、デモンストレーションとして市役所から信濃大町駅前まで行進です。目立つようにモンキードッグ専用のベストを付けて歩きます。仕事をするときは夢中で走り回るモンキードッグ。

「彼らを交通事故などから守るため、市民の方に実際の姿を知ってもらうことも大切です」と農林水産課の太田勲さん。モンキードッグの運用は、周辺住民の理解があってこそ効果が発揮できます。

 

そういえば、この看板を見たことがあります。「減速にご協力を 犬の飛び出し注意 サルを追い払うためモンキードッグ活動中 大町市」 なるほど、私も運転の際は気を付けたいと思います。

集団で移動するサル。子連れのサルは可愛く思ってしまう……
集団で移動するサル。子連れのサルは可愛く思ってしまう……

午後は実際にサルを追い払うため、サルの出没率が高い高瀬入地区に移動します。サルは犬の鳴き声や聞き覚えのある車のエンジン音(賢いから聞き分ける!)で逃げてしまうので慎重に近づきます。

 

遠くで鳴いているサルを確認し、モンキードッグを放します。勢いよくサルを追いたてるスーパードッグ達。叫びながら逃げていくサルの群れ……。私は里山の緊迫した雰囲気と猿追い犬に、畏怖すら感じておりました。

この目で現場を見た私ですが、決定的な写真は撮れませんでした。野生動物を撮影するのは、私にはハードルが高すぎました……とほほ

 

名前を呼ばれて山から帰って来たモンキードッグは、周辺に残るサルの臭いが気になるようで、いつまでも嗅ぎまわっています。その目つきは可愛いペットのそれでなく、賢い「良きパートナー」といった感です。見学していた近所の方が、初めて見たモンキードッグを「頑張ってくださいね」と愛おしそうに撫でていたのが印象的でした。

 

 

 

地域も飼い主も嬉しい  

あなたの愛犬もモンキードッグに!

福島からきた被災犬キヌとイッチョウも活躍している
福島からきた被災犬キヌとイッチョウも活躍している

地域の畑を荒らすサルを追い払ってくれるモンキードッグ。自分のペットをモンキードッグにするには、どうしたらよいのでしょうか。

 

そもそもモンキードッグという犬種はなく、どんな家庭犬でも訓練次第でなることができます。ただ、向き不向きはあるようで、超小型犬よりは中・大型犬、老犬よりは若い犬、野山を駆けることを考えると足の短い犬種よりは、運動好きで足の長い犬種が向くといわれています。

訓練期間は基本5カ月間。犬は訓練所に預け、家族は週1回程度一緒に訓練に参加することが条件になります。

 

1匹当たりの訓練費用は27万円ですが、市からの補助があるので飼い主の負担は5万4000円です(訓練の状況により延長もあるので、その場合は飼い主の負担になります)。そのほかサポートクラブの年会費は市費を利用しているので個人負担はありません。また誰かに怪我をさせるなど万が一の被害を想定して、犬に保険も必要です。年間2000円ですが、こちらも市費で負担しています。

結果的には、犬との健全な関係性を保つ躾にもなるモンキードッグの訓練。自宅のペットをスーパードッグにするのもいいかもしれませんね。

 

人の都合で追われる野生動物  

難しさを感じるサルとの共生

大町市モンキードッグ育成サポートクラブの皆さんと磯本代表(中央)
大町市モンキードッグ育成サポートクラブの皆さんと磯本代表(中央)

モンキードッグに追い払われるサルたち。鳥獣被害は大昔からありますが、近年その被害が増えているのは(大町市に限っては減っていますが)、環境を作り変えてきた人間が引き起こしたともいえます。

 

人が里山に入らなくなり耕作放棄地が増え、動物が人間の活動範囲に近づきやすくなりました。餌が少ないという原因より、美味しく栄養価の高い作物の味を覚えてしまったことが問題のようです。

 

「モンキードッグだけでは、鳥獣被害は抑えられません。私たちの意識を変えないと」と太田さんが教えてくれました。紹介した様々な取り組みを継続的に行い、広葉樹の植樹、下草の刈り払いなど総合的に整備することで、効果が期待できるのです。

 

人間がすぐにできることといえば、餌になるものを放置しないこと。たわわに実った柿や、畑で収穫し忘れた農作物、捨てた野菜くず……。これらはサルや他の動物を、餌付けするのと同じだといいます。

 

今回は紹介しきれませんでしたが、大町ではクマも多く出没しています。殺せばいいのか、生かして被害を受けるのか、それともまた別の方法があるのか……奥山放獣という活動についてはまた別の機会で紹介したいです)、野生動物との共存は悩ましいことばかりです。 

 

身近な問題なだけに関心が強く、今回も長いレポートになってしまいました。住宅地に住む人も、山際に住む人も、田畑を持っている人も、持っていない人も、地域ぐるみで協力し理解し合うことが大切、と感じました。


<お世話になった取材先>

安曇野ドッグスクール

住所/長野県安曇野市穂高有明8248

電話/0263834621

http://www.azumino-dog-school.jp/

 

<モンキードッグの問い合わせ>

大町市役所農林水産課

庶務林業振興係

電話/0261220420(内線662

 

<参考にした本>

「モンキードッグの挑戦 野生動物と人間の共存」

あんずゆき/文溪堂

「モンキードッグ―猿害を防ぐ犬の飼い方・使い方」吉田洋/農山漁村文化協会

おまけ

これがロケット花火だ!
これがロケット花火だ!
職員手作りのロケット花火発射台
職員手作りのロケット花火発射台