信濃大町の人は云います。
「大町はいいところだよ、冬以外は」。
……冬以外は。
みんな雪で苦労しているからこその発言なのでしょう。
雪かきはもちろんのこと、屋根の雪下ろしはとても大変なようで、雪を楽しんでいるのは子供とスキー客、雪を好んで越してくる一部の変わり者の移住者(失礼、身内のことです)くらいなものです。
今年の1月前半は記録的に雪が少なく、今シーズンは暖冬といわれています。
(余談ですが、暖冬とは平年の冬の平均気温と比べて気温が高い冬のことだそうです。暖冬って「暖かい」イメージがありましたが、一日の気温差が激しくなるらしく、体感温度は「暖かく」はないらしいです!)
雪が少ないと道路状況など日常生活は楽になりますが、困ったこともあるのです。
それは、雪不足でスキー場のオープンが遅れること。雪国ではスキー場は大きな産業で、雇用も生んでいるので大打撃です。1月中旬に入り“恵みの雪”が降ったときは、関係者はホッとしたことでしょう。
それに降雪量が少ないと越冬野菜が腐るという被害もあるし、春先の雪解け水が少ないと農作物に影響を与えます。雪が少ないと、それはそれで困ったこともあることを、大町人一年目の私は学びました。
さて、冬にまつわる話に事欠かない信濃大町で、ひときわ気になっていたのが「凍(こお)り餅」の存在です。
夏に直売所巡り(詳しくはvol.8農産物直売所をご覧ください)をした際に見かけていました。
コーリモチ? 氷の餅??
なんだそれは? これどうやって食べるの??
「知りたいなら、また冬においで!」
そんな声をかけてもらっていたので、大町の南側、常盤にある農産物直売所「かたくり」に行ってきました!
そもそも凍り餅とはなにか。
その名の通り、餅を凍らせたものです。しかし、ただ凍らせるのではなく、水に潜(くぐ)らせるところがポイントです!※後述に詳細あり
地域によって干(ほ)し餅、凍(し)み餅などと呼ばれるものもありますが、信濃大町の凍り餅とは材料や作り方が違うそうです。
『囲炉裏端の食文化』(今村龍夫著/郷土出版社)によると、
“元禄年間、アルプスからの寒風が吹きすさぶ大町の住人――伊藤某が、偶然考え出したものという” とあり、大町発祥といわれる凍り餅。
ですが、今現在の活用術を周辺の人に聞いてみると
「以前は自宅で作っていたけど、今はしねーねぇ」
「懐かしくて、たまに無性に食べたくなるね!」
「郷土食だけど、野沢菜みたいに身近ではないね」
「ごめん、食べ方知らないんだよ・・・」
……うーん、ちょっと寂しい回答です。
「もっと、いろんな方に召し上がって頂きたいですね」
と話すのは、農産物直売所「かたくり」凍りもち部会の五十川(いかがわ)むつみさん。
こちらの直売所では、店を閉めている冬期に会員さん20人ほどが集まり、凍り餅を作っています。毎年1月初旬に作り始めるとのことで、やっぱりなんでも体験し隊!
私もエプロンと帽子をまとい、参加させて頂きました。作業着の男性と割烹着を来た女性達が忙しく動き回っている作業場。
ここが今日の私の職場です!
凍り餅の加工工程は、思いのほかたくさんありました!
凍り餅はおろか、餅すら作ったことのない私にも分かりやすいよう、
順に追って説明します。
1、もち米を4.5kgずつに袋分けし、袋ごと洗って糠(ぬか)を落とす。洗ったら水に一晩浸ける。
今日の作業は、前日に洗ったもち米を使いますよ。
2、もち米を釜で50分蒸(ふ)かす。
餅を蒸かした独特の良い香りがしてきます。この作業は男性陣、大町流に言うと「男衆」が担当します。身震いする寒さですが、釜の周辺は暖かい♪
3、蒸かしたもち米を、臼で潰すように練る。
粒がなくなってきたら、いよいよ餅つき。
男性が杵でつき、女性が餅を返す。
40回を2セット、数は女性が数える。
「ドン、ドン」と力強い臼と杵の重たい音が、作業場に響きます。
昔はどの家でも行われていたであろう冬の風物詩が、今もここにありました。
餅作り新入りの私。この作業は迷惑をかけてしまうので、見学だけにしました。
簡単そうに見えるけど、実は凄く難しいみたい。
リズム良く女性が餅を回さないと、杵を突く男性が大変です。
コツは
「杵を突く人のことを考えて動くこと」
う~~ん、それが難しそう。
重労働をこなす男衆は、
「1日で32臼くらい突くんだけど、さすがに終わりの頃は腕がキツイね~」
「でも機械でやるより、やっぱり杵つきの方が柔らかくて美味しいから!」
と、屈強な体を揺らして笑います。
力仕事を黙々とこなす農家のおじ様たちの男らしさ!
か、カッコイイ~!!
「男衆の進行管理の正確さと、きびきびした動きには、本当助かってるよね」
と女衆(女性たち)も言っていました。今まで都会でパソコンに向かって仕事をしていた私としては、カッコイイと思う基準がガラリと変わった瞬間でもありました(笑)
さて、気を取り直して・・・
「餅は熱いうちに伸ばせ!」です。
4、米粉を振りながら、のし板につきたての餅を平らに広げる。余った粉を取り除きつつ裏返し、空気を抜いて均等にしていく。
厚みを均一にしないと出来上がりの大きさが変わってくるので、慎重に作業します。手袋越しに触れる餅がフワフワ気持ち良く、これぞ本当の「もち肌」といった感です!
作業所は寒風吹きさらす小屋なのですが、ずっと動いているし、餅もアツアツなので熱くて暑くて汗をかきます。
安心してください、全然寒くないですよ。
※体験した日は比較的暖かでしたが、日によって体感温度は全然違うとか。むしろ、凍える寒さの日がほとんどだそうです。
5、新聞紙を上に被せて粗熱を取ったら、のし板にある目印に合わせて上から押さえつけるように切る。切り目がモチモチしているので米粉を擦り付けながら切り分ける。
ここまでは一般的な切り餅と同じ工程です。
全員がほぼ全ての作業をできるので、持ち場はなく空いている所を見つけて、どんどん作業して行きます。
餅の弾力があるので切りづらいですが、少しずつ私も慣れてきました。
「昔から居るみたいに馴染んでるねぇ」
なんて言われいい気になって一生懸命作業しました。
6、作業場から加工場へ移動し、一つずつ和紙で包む。
一日に包む数、約4600個!
包み始める紙の位置が大事で、先生の隣に座って教わりながら包みました。
折ったりしないのに綺麗にくるまれていく餅と、先生の手をじっと観察して、見よう見まねで作業します。隙間を開けずに、キュッと包むのが結構難しい……。
そうそう、蛍光塗料が未使用の和紙を使っているので安心です。
7、ビニール紐で編むように10個結び、1連を作ります。
2連1セットにして出来上がり。
編み物の「鎖編み」の要領で繋げていくのですが、紐一本で作るのはなかなか大変! 結び目が詰まらないようにゆる過ぎないように、微妙な調整が必要なんです。
全ての作業においてそうですが、おばちゃんたちは流れるように作っています。そのスピードの速いこと!
お喋りしながらでも手は止まりません。
8、結ばれた凍り餅をゆっくり水槽に浸ける。
ここまでが一日の作業です。朝7時半から男性は午前中まで、女性は15,16時まで。全ての工程を一気に終わらせることで、柔らかく美味しい凍り餅になるそうです。
立ち仕事、とっても寒い、たまにすごく暑い、粉まみれ、細かい手作業……
大変だけど私、みんなで作る楽しさがよく分かりました。
チームワークで働く面白しさ、優しさあふれる手作り感、大きな包丁を使って職人の気分、他愛ないおしゃべり。
おこひる(休憩)でメリハリがあるのもとても良い。問題があれば話し合って作業を改良していく。そういう人の営みが好きなんだと思います。
「家に籠っていても面白くないしね、ここに来るのが楽しみ」
そう言うおばちゃんたちの気持ちが分かります。
この日はここで作業終了ですが、凍り餅作りはまだまだ続きます。
9、2日間水に浸け、3日後の氷点下まで冷え込みそうな夜を見計らって引き上げる。
雪が降る日は暖かいので(!)、月の出るような晴天の夜が良いそうです。
極寒の夜に集まった女衆は、キビキビ水槽から凍り餅を引き上げます。そのチームプレーの見事なこと。あっという間に460連ほどが干されていきます。
頬がピリピリ痛いくらい寒いので、小一時間で作業が終わったときは、内心ホッとしました(笑)
10、2か月ほど日影に干す。
夜に寒風で凍り、朝に気温の上昇と共に溶け始め水が出る。自然の力で冷凍と解凍を繰り返すことで、餅がしっかり乾燥されていく。
信濃大町の寒暖の差と風を上手く利用しており、天然のフリーズドライ製法と言われる所以です。
丹精込めて作られた凍り餅は、こうして自然の力で旨味をギュッと閉じ込めながら、春を待つのでした。
11、4月までよく乾燥させ、包装して販売開始!
※包装していない初物をお彼岸に販売することもあります
自分でやってみて分かりましたが、これほどの手間がかかっているとなると値段に納得がいきます。
ちなみにプレーン、ヨモギ、シソの3種類ありますよ。
材料は「もちひかり」という契約栽培された常盤産の餅玄米。常盤産の米粉「かんざらし」、水は北アルプスの美味しい伏流水。
食の安全が叫ばれる時代に、こんなに材料が分かりやすくて、素材の良さが現れるものがあるんだな! とシンプルさに感動です。
以上が凍り餅の作り方でした。
凍り餅は時代の流れもあって、昔ほどは自宅で作られなくなりました。ですが白い凍った餅が、すだれのように家の軒先にかかる姿は雪国らしい風情あるもの。厳寒の地で培われたこのナチュラルフードを大切にしていきたいものです。
さて。大切にするためにも美味しく食べたい!
こちらにはレシピと販売場所などを集めました。
どうぞご覧ください。
<お世話になった取材先>
農産物直売所「かたくり」凍りもち部会
住所/大町市常盤須沼9602
電話/0261・22・8839