2016年4月14日。
とある前人未到の記録をかけた戦いが、ここ信濃大町で行われました。
地元メディアはもちろんのこと、全国から60人を超える報道陣が集まりました。テレビ中継が2社入ったことからもその注目度の高さが分かります。
私といえば市役所の広報担当と一緒に緊迫した空気を吸いながら、隅の方で小さくなっていました。
大挙して押し寄せるマスコミの多さに比べて対戦の間が狭いので、撮影場所は異例のくじ引きで決めることに。大きなスチールカメラの間をくぐり抜け、私も撮影のスタンバイ。
立会人として小林名誉棋聖、アルプス囲碁村推進協議会の宮尾永会長、そして我らが牛越市長らも緊張した面持ちです。二人のライバルを大勢が見つめる中、戦いの火ぶたは切って落とされたのでした――。
その戦いとはズバリ、囲碁。囲碁の七大タイトルのひとつ、産経新聞社主催第54期十段戦五番勝負第3局です。なぜこれだけ注目が集まったかというと、挑戦者である井山裕太棋聖は、信濃大町で勝てば史上初の七冠達成となるからです。
十段戦が信濃大町で開催されるのは今年で23回目、市民にはすっかりお馴染みのイベントになっているみたいですね。 え? お馴染みではない? 信濃大町が囲碁の町であることよく知らない?! まぁ、そういわないで。
囲碁に興味を持つと、きっと人生が豊かになりますよ。今回は囲碁について全く知らない方にも、囲碁の素晴らしさや囲碁と信濃大町との密接な関係を理解してもらえるようにレポートしていきたいです。
(ちなみに、井山棋聖は信濃大町では勝てず、東京で行われた第4局で初の七冠達成となりました・・
おめでとうございます)
「囲碁って老後の趣味でしょ?」
「ルールが難しそうだし、取っつきにくいよね」
「五目並べしかできない」
「なんか辛気臭い……」
周辺の人に聞いてみるとそんな答えが。
これでは囲碁がかわいそう…
囲碁は縦横に19本ずつ線を引いた碁盤に黒と白の石を交互に打ち合い、陣地を取り合うボードゲームです。
4000年もの昔、中国で始まったといわれており、※諸説あり 636年の書物(「随書・倭国伝」)に「日本人は囲碁がお好き」(私の意訳)と記されていることから、日本でも古くから親しまれているゲームなんです。
現在では、競技人口は中国、韓国、日本の順に多く、世界約70の国と地域で3800万人もの人に愛されています。
最近の囲碁ブームのきっかけは何といっても漫画『ヒカルの碁』(1999-2003連載)でしょう。小中学生に爆発的に囲碁ファンが増え、この影響でプロになった平成生まれの棋士もいるのです。
これほどまで人々が囲碁に熱中するのはなぜか。
まず、ルールが意外とシンプルなこと。大きく5つしか決まり事ありません。また道具も碁盤と碁石だけで複雑なものではありません。
それなのに「宇宙の原子の数よりも囲碁の打ち手の数の方が多い」(人工知能「アルファ碁」を作ったハサビスの言葉)と言われるようにとても複雑。
知れば知るほど奥が深いゲームだからこそ、愛されているのでしょう(囲碁の歴史やルールの詳細については、リンク先の日本棋院のウェブサイトをご覧ください)。
しかしここで一つの疑問が。
「十段戦」のような注目のタイトル戦が、どうして信濃大町で行われているの?
そこには大きな理由がありました。
平成6年、今から22年前に大町市で「アルプス囲碁村計画」がスタートしました。
これは当時の市長が「囲碁三昧のリゾート地を信濃大町につくりたい」と考え、「囲碁によるまちづくりをしよう!」と構想したものです。
地域おこし協力隊を全国に広めている“地域活性化”の考え方は昔から脈々と続いてたのだなぁ、が私の感想です。
ともあれ、国内の囲碁界のドン・日本棋院の協力もあり計画は進められました。具体的には囲碁に親しむために保育園や幼稚園で囲碁指導を行ったり、市民対象のイベントを開催したり、全国的な囲碁大会の誘致をしたりすることです。
平成8年には「世界アマチュア囲碁選手権戦」が信濃大町で行われ、46の国と地域から選手が参加しました。タイトル戦である「十段戦」が23回も行われているのも、この誘致(市制40周年事業)の成果だったのですね。
市内では毎年5月下旬にはアルプス囲碁村まつりが行われます。前夜祭では有名プロ棋士による無料の指導碁を体験できたり、当日は知事杯・市長杯争奪囲碁大会が行われたり、誰でも参加できるイベント(要申込)です。
今年も紫綬褒章を受賞したばかりの本因坊秀芳さん がパーティーに参加されます。
20年以上前に始まった町おこしのための「アルプス囲碁村計画」。その計画に基づいて整備された市内に小さな公園があります。その名も八日町ポケットパーク。塩の道ちょうじやの駐車場隣ですので、早速、担当課の職員と一緒に見に行きました。
歩いていくと、何やら碁盤のようなものが見えてくる……、これは詰碁の問題では!
※詰碁とは囲碁の部分的な局面で、自分の石を活かす方法を模索する問題集
車止めに付いていたり床に埋め込んであったり、あっちにもこっちにも詰碁ドリルが!
思わず問題を解き合う職員と私……。
公園の噴水も囲碁をモチーフとしたモニュメントになっています。
極めつけは公園の藤棚の下のテーブル! 囲碁盤が備え付けてあります、いや埋め込んであります! 自分で碁石を持ち込めばここでランチミーティングならぬ、青空ランチゴ(碁)ーイングができちゃいます! 先人の発想が面白い!
小さな公園が整備されたのは15年以上前なのでどうしても老朽化は目立ちますが、囲碁好きにはたまらない場所に違いありません。
八日町ポケットパークを出て、道を挟んだところには信濃大町囲碁界の牙城、アルプス囲碁村会館があります。ここでは今も盛んに囲碁教室が行われています。
毎週土曜に子供から大人(1回300円、なんと高校生までは無料!)まで囲碁を学べます。
実は、私も昨年この講座に参加しました! 今では晴れて20級(超入門者レベル)を頂き、これからも棋力アップに努めていく次第です。
私はここで小学生と一緒に囲碁を打つこともあるのですが、いかに囲碁が教育に良いのか、目の当たりにしました。会館にいる子供たちは礼儀正しく、きちんとしている子が多いのです!
囲碁は集中力や記憶力、推理力など総合的な力が問われる頭脳の格闘技。囲碁を学ぶことで判断力が向上し、分析力も身につくそうです。
囲碁は右脳と前頭連合野が発達し「子どもに落ち着きがでる」といわれており、「囲碁は子供向けのMBAコース」という人もいるくらいです。
ポータブルゲームやスマホのゲームも楽しいですが、人と触れ合うボードゲームは教育にとてもよさそうです。事実、囲碁を大学の授業に取り入れる流れもあり、2005年に東京大学が導入したのを契機に現在は全国で20を超える大学で実施されているのです。
「鉄は熱いうちに打て」ではないですが、大町市では6歳以下ですでにポン抜き大会が行われています。ポン抜きとは、通常より小さい碁盤を使い、相手の碁石を五つ先に取った方が勝ちになるルールです。大町市内の11の保育園・幼稚園から参加者が集まりトーナメント方式で競います。
冒頭で周囲の人に囲碁の印象を聞きましたが、その中には「娘から教わった」「孫が大会に出た」などの声もありました。若い世代からのアプローチがあるのは、囲碁村のある町らしくて面白いですね。
「囲碁は人づくり」といいますが賢くなり、仕事に役立ち、世代を超えて仲間もでき、まちづくりのきっかけにもなり、イイコト尽くしです。
ぜひ一緒に碁を打ちませんか?
最後は勧誘になってしましましたが……碁会所で仲間と待っています!
<取材こぼれメモ>
・2016年3月、Google社の人工知能「アルファ碁」が人類に勝利した。チェスや将棋は人工知能が勝つこともあったが「囲碁は10年先」と言われてきただけに、驚きをもって迎えられたニュースだった。
・古代中国では占いに使ったとか、魔方陣だとか、宇宙を表すとか、白と黒なのは中国の陰陽道の影響だとか。考え方によっては神秘的なゲームなのだ。
・囲碁は「囲碁は兵法の類なり」、「囲碁は戦略・戦術の具なり」「戦国武将の教育ツール」「碁は人生の縮図である」などいろいろな表現をされる。
・市内の小学校には碁盤が設置されていて、熱心に指導している学校もある。大町市は日本棋院から2002年に「囲碁普及大賞」を受賞した。
<囲碁に関する情報>
アルプス囲碁村推進協議会
☎0261・22・0420(大町市企画財政課・内線522)
http://www.city.omachi.nagano.jp/indexpage/indexpage050/indexpage052/index00005.html
アルプス囲碁村会館
住所/大町市大町2544-7(東町)
☎0261・23・4415
★こども囲碁教室・大人のための囲碁入門講座
毎週土曜、全11回(予定)
★大人の囲碁
毎週火曜、木曜、土曜に開催
13:00~、入場料300円
日本棋院
棋士の統括や棋戦を行う公益財団法人。
<参考にした本>
『「碁」でグングン育つ!子どもの脳と心』
武川善太/PHP